ダンスネーム「Hiro10」こと大能寛飛(おおのひろと)さんは、パリオリンピックの新種目ブレイキンの日本代表選手です。
19歳にして世界大会で数々の優勝経験を誇る、トップダンサーの一人です。
ブレイキンを始めたきっかけを作ったのも、技を磨き世界のトップダンサーとして活躍できるようになったのも、家族が大きく関わっていました。
そこで今回は、大能寛飛さんの家族(父・母・兄弟姉妹)を中心に調査。
また、小学校から現在に至るまでのダンス歴も調べました。
ぜひ、最後までお付き合いください。
大能寛飛のwikiプロフィール&経歴
まずは、大能寛飛さんのプロフィールと経歴に触れておきましょう。
- 本名:大能寛飛(おおのひろと)
- ダンサーネーム:Hiro10
- 生年月日:2004年12月4日
- 年齢:19歳(2024年7月現在)
- 出身地:石川県金沢市尾張町
- 高校:私立北陸学院高校/卒業
- 所属:JINJO CREW(韓国)
- 得意技:ワンハンドエルボーエアー、エアートラックス
- 幼い頃から習い事を探し、水泳やサッカー、空手などの体験を経て、妹がダンスを始めたタイミングでダンス教室に通う。
- ダンス教室に男の子が一人だったこともあり、ダンス講師からブレイクダンスを薦められる。
- 大阪OCATで活動するダンスチーム「Gun Smoke Breakers」や「Never Enough」「 Kicks orchestra」など、複数のチームで活動し技を磨く。
- 2019年に中国で開催された「Bomb jam powermove」で優勝。
- 2021年にオランダにダンス留学した経験から、2022年から2023年にかけてヨーロッパを中心とした大会で優勝を重ねる。
- 2022年と2023年、フランスで開催される「Break The Floor」で連覇を達成。
- 2023年、「Freestyle Session World Final」での優勝は、日本人で5人目の快挙。
- 2024年も
「JDSF全日本選手権2024」準優勝
「Undisputed tokyo world final」優勝
「Cyphertown Budapest」優勝
「BattleMix France」優勝
など、絶好調でパリオリンピック出場を迎えます。
追記:パリオリンピックを終えて
日本時間8月10日23:00から始まったブレイキン男子1次リーグA組で出場したダンサーネーム「HIRO10」、大能寛飛さん。
1回戦目は中国の「LITHE-ING」に0-2で敗れると、続く2戦目は日本人対決で「SHIGEKIX」こと半井重幸さんにも0-2で負けました。
敗北した「Hiro10」には喝采に混ざって、ジャッジをめぐる疑惑を叫ぶ声も上がりました。
この投稿のように3戦目は自身の持つブレイキンの技術を集結して観客を魅了した「HIRO10」。
競技では負けたが、この日一番観客を魅了したダンサーとしての勝負には勝った!と言えるかもしませんね!
大能寛飛の実家は金沢市で4人家族
大能寛飛さんは先のプロフィールの通り、石川県金沢市の生まれで4人家族の一員として育ちました。
早速、家族について見ていきましょう。
父:二人三脚でダンスの腕を磨いた
大能寛飛さんの父は、善行(よしゆき)さんというお名前です。
19歳の子供がいると思えないほど若々しくて、イケメンの父親ですよね!
自宅で美容室「a+design」を経営。
美容室の営業時間外に、店舗の鏡や椅子を移動して空いたスペースでダンスの練習をする日々を送ったそうです。
父・寛飛さんもダンスは未経験ながら、動画を撮って体の動きをアドバイスをしたりと全力でサポート。
父と子、二人三脚でブレイキンの腕を磨いてきました。
お父さんがいなかったらここまで来れなかった。
結果をのこして恩返しがしたい!
母:いつも支えてくれた
大能寛飛さんの母は亜矢子(あやこ)さんというお名前です。
母に関しては非公開でエピソードなどの情報がありませんでした。
18歳の誕生日に投稿したインスタグラムでは、両親に感謝の言葉を綴っていました。
父だけでなく、母・亜矢子さんもブレイキンで高みを目指す息子を支えていたことでしょう。
妹:ダンスを始めるきっかけ
大能寛飛さんの妹は、瑛(あきら)さんというお名前です。
一緒に学校へ通学したり、妹に勉強を教えたりと仲良し兄妹のようです。^^
寛飛さんがダンスを始めたのは小学2年生の時で、妹・瑛さんが通っていたダンス教室を見学したことがきっかけです。
最初はアイドルダンスから習い始めた寛飛さん。
小学校3年生の時にダンスの先生からブレイクダンスを薦められます。
その後は持って生まれたダンスセンスだけでなく、日々の血のにじむ努力。
そして家族を含め周りの人のサポートもあり、数々の国際大会で優勝。
世界のトップダンサーへの仲間入りを果たしました。
大能寛飛のダンス歴(小学校~高校)
大能寛飛さんの小学校から高校時代までのダンス歴をまとめました。
小学校時代
先でも触れましたが、大能寛飛さんは小学校2年生の時に地元のカルチャー教室でダンスを始めました。
小学校3年生の時に、ブレイキンを始めた寛飛さん。
そのきっかけは教室に男の子が一人だったからダンスの先生が「男の子だったらブレイクダンスをしてみようか!?」
と声を掛けられたからだそうです。
練習を重ねるうちにブレイキンの奥深さに魅了されていきました。
小学校時代に通った「AIONダンスアカデミー内灘スクール」で指導した草野真澄さんは当時のことをこのように語っています。
「他にも上手な子が何人もいた。大会ではいつも勝てなかった」と明かす。
ただ、大能選手には他の子にはない才能があった。
「自分の決めたことは、納得するまで必ずやり切る子だった」と草野さん。新しい技に何度も挑戦する姿が印象に残っているという。
引用:北國新聞
小学校時代に積み重ねた努力の量が、現在の大能寛飛さんの活躍の基礎となっているようです。
中学校時代
実力をつけた大能寛飛さんはこの頃になると、積極的に全国大会にも出場するようになります。
中学校1年の時、関西のダンスの聖地「大阪のOCAT」で踊った際に声がかかり、平均25歳のダンスチーム「Gun Smoke Breakers」に所属。
石川県から大阪のOCATへ足へ延ばして練習していた理由も語っていたよ!
京都におばあちゃん家があって、お正月とかお盆とかに京都のおばあちゃん家に帰るんですけど、その時に練習する場所がないんでOCATに行っていました。
引用:ビジョットダンス
大人たちに混ざり、ブレイクダンスの腕を磨きます。
そして中学校3年生の時、中国徐州市で開かれた世界大会「Bomb JAM Vol.11 WORLD FINAL」に出場。
この頃には、背中や肩で回る「ウィンドミル」や頭で回る「ヘッドスピン」など、大能寛飛さんの代名詞であるアクロバティックなパワームーブで数々の優勝を勝ち取っています。
高校時代
大能寛飛さんは高校生になると、世界の名だたる大会に出場するようになります。
高校2年生の頃には、欧州にダンスの武者修行と称してダンスバトルで腕を磨きます。
卓越したダンス技術が認められ2022年2月のフランスで開催される世界大会「Break The Floor」に招待されるなど、世界でもトップダンサーの仲間入りを果たしています。
この頃には、「2024年のパリ五輪を視野に入れて全力で頑張るのみ!」と大きな目標を視野に入れていることを語っていました。
大能寛飛が現在所属するJINJO CREWがスゴイ!
小学校時代から父と二人三脚でブレイキンの技を磨いた大能寛飛さん。
2024年からは、「JINJO CREW」の一員として技に磨きをかけています。
クルー(CREW)とは、共通した何か (ダンス )に情熱を注ぎながら一緒に成長していく人間の集まりだ。
引用:Red Bull公式サイト
JINRO CREWは韓国のダンスグループで、世界的な強豪チームとして有名なCREWです。
このCREWの凄すぎるところは、世界初のグランドスラムを達成した唯一のダンスグループということです!
- UK B-Boy Championships
- Freestyle Session
- Battle Of The Year
- R-16 Korea
- Red Bull BC One
2024年5月に放送された「The Dance Day」でも優勝を果たし、賞金1000万円を手にしています。
ダンサーとしてますます活躍の場を広げる大能寛飛さん。
今まで以上にブレイキンの技に磨きをかけて、金メダルを家族の首にかけた姿を見せて欲しいですね!
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